50代からの終活のすすめ
50歳を過ぎると、残りの人生の方が生きてきた時間よりも短いことに気付きます。
「あと何回桜を見ることができるかな?20回は見たいな」
「子どもが結婚して孫が生まれるまでは生きていられるかな」
「孫が中学校になるまでは生きているかな」
子どもがいたら、子どもの成長と自分の寿命を重ね合わせます。
親や叔父叔母を見送ると、次は自分達の世代が見送られる番だという事が分かります。
少し前に終活がブームになりました。
自分の人生の最後にはどうしていたいか
何を整理して何を子どもや残った家族に残したいかは
自分が心身共に元気で経済的にも余裕がある、50代から始めた方が良いのではないか。
私は周りの人を見ているとそう思います。
私の親世代は専業主婦が殆どでした。
ですので夫が定年退職して年金生活になり、その後夫が先立った時
みな一様に夫が生きていた時より年金が減りました。
そして自分の老後の資金の不安が大きすぎてメンタルを崩し
睡眠導入剤や安定剤を飲み始める、というパターンが多くありました。
結果、どんどん身体も弱っていき、最後は本人も不本意だったのではないか
という最期を迎えた人もいました。
「こういう最期になるのなら、心配せずにお金を使って楽しく生きたら良かったのに」
と残念に思うこともありました。
その方たちの共通点は「自分が死ぬことから目をそらしていた」ということです。
恐らく、戦争という死が身近にあった子ども時代を過ごし
自分が死ぬことを自然なこととして捉える事が怖い、死を考えたくない
という気持ちがあったのでは、と思います。
きっと、子ども時代には食べるものも無く辛い日々を過ごした経験があるのだと思います。
反対に、私たち50代は、高度経済成長のまっただなか
全てが「もっと成長を」という中で育ちました。
物が溢れ、消費が良いこととされた時代に育つと
かえって「どうして生きるのか」ということについての探究心が強まったように思います。
今思うのは「自分の死を考える事は、どう生きていくかを考えること」ではないか
ということです。限りがあるからこそ、今を大切に思えます。
今こそ終活スタート!
終活は気力・体力があり、冷静にものごとを考えられる
50代が始めどきのように思っています。
父が亡くなった時、遺言書が無かったこと
生前に、亡くなったらどうしたいのかを話し合えていなかった事が、
相続争いの大きな原因となっています。
大切な家族と、自分の死後どうして欲しいのかをしっかりと話し合っておくことが大切だと思っています。
私は小学生の我が子に、
「いつかお母さんが先に死んでしまうから、その時困らないようにこれを覚えていてね」
「もしお母さんが年を取って死んでも、ずっと見守って応援しているからね」
「人はいつか死ぬから毎日を大切に生きようね」
「年ってすぐに取るものなんだよ」と普段から話すようにしています。
深刻になりすぎず、死は生の一部なんだと理解してもらえているように思います。
今日は終活の始めどきは50代から!というお話をしました。
話し合いができていなかった私の生家のように、
残った家族が困らないように、ぜひ考えてみて下さいね。
やよい
[…] 50代からの終活 […]